年を重ねるごとに嘔吐がうまくなっていく。私はこれをゲロコン(ゲロコントロール)と呼んでいる。冒頭から品のない話だが、今日は二日酔いで苦しんでいる間に一日が終わろうとしていて、戒めを込めて書いておきたい。
自分の長所を見つけるのは苦手なタイプだが、ひとつ明確に上げられる長所としては酒の嘔吐の面では人様に迷惑をかけたことがない、というのがある。(それを長所として名乗っていいのかはもちろん疑問ではある。そもそも泥酔するまで飲むのが褒められたことではない)
すべて一人でふらっとお手洗いに駆け込み、ひとりで吐き、いや~吐いてもうたわとか飲みすぎたわという自己申告だけしてなんでもない顔をする。
飲み会途中で吐いたのは学生時代のゼミで飲んだ1回くらいで、その時ももはやオードリー春日の入りくらい悠々とした足取りでお手洗いに向かい、ことをすませ、なんてことのない顔で飲み会に再合流した。
以降は、帰宅後に嘔吐の波が来る。実家暮らしなので母親がいるが、素知らぬ顔でトイレで吐くので気が付かれていないことが多い。
最近に至っては、なんか気持ち悪いな、吐いとく方が楽になれる気がするな、の感覚で落ち着いてトイレに行き、体を折り曲げて、せり上がってくるのを待つ。あまりやらない方がいいが、喉に手をどうつっこんだら的確に吐けるかもコツを掴んだのか、スムーズになってきた。
ところで、ボタンを押していないのにウォシュレットが勝手に起動するのは何故なのか。
コロナ禍より前、一度トイレで吐いている途中にウォシュレットが作動し、口をゆすがされたことがある。最悪だった。
昨日、トイレで吐いているときにもウォシュレットが作動した。伸びてくるノズルが上向きに水を発射するのを、あぁ、このパターンねと他人事のように眺めつつ、一瞬唇には被弾したがすぐによけ水を手ではじき返した。が、はじき返した水はジーパンを容赦なく濡らしたのだった。全部アホだった。
最初の被弾は各所で飲酒やらかしネタとして昇華しているが、二度目ともなるとただの学ばん酒カスでしかない。学んだような顔で水を避けても。
気持ち悪さはそのうちに吐いて解消できていたが、最近は二日目まで持ち越す。
水分補給すら受け付けず、水を飲んだ分だけ水ゲロとして戻してしまう。
が、戻してしまえればあとはほんの少しの気だるさを引きずるだけでなんとかなる。二日酔いって、微熱の風邪よりもしんどい。だというのに、なぜ酒をやめられないのか。
そんでもうしばらく酒は飲まないと誓う。が、おそらく2~3か月後に同じことを繰り返す。
いろんな種類の酒をとっかえひっかえ飲むとそうなりやすいので、最近ようやく酒の種類は絞るようにしていたが、昨日は九州出身の酒豪ふたりと話が盛り上がり知らぬうちにペースを上げてしまい、水の感覚で焼酎を飲んでいたのがよくなかったらしい。ソーダ割とはいえ。
乗る電車を間違え、終電もとっくに過ぎていた。
幸い駅の近くでタクシーが捕まったので、本来の電車賃よりも2800円くらい高い交通費を払って帰った。まだ帰れてよかったし、運転手さんは優しく、明るくて話していて楽しい人だった。劇団新感線の吉田メタルさんみたいなひとだった。ということを、泥酔したまま友だちにLINEしていた。
友だちとはその直前までの飲みで口論とまではいかずとも、不満の吐露に発展してしまっていた(ふだん感情的なやりとりはしないので、マジで酔いすぎ)。
別れ際きまずさを泥酔しぐさでごまかしてしまっただけに、真面目に帰れたことだけを報告するよりも緩衝材的な話題としてありがたかった。そんな返事のしようのないメッセージに無視せず返事をくれる友だちも、ありがたいもので。
嘔吐で迷惑はかけてないけど、全然酔っ払いとしては迷惑をかけているので、結局ゲロコンは長所でもなんでもないのだった。
そんなわけで、こころの幼児が日曜日にやりたがっていたパンケーキづくりは延期。二日酔いのピークは14時までを睡眠にやつすことでなんとか快方に向かい、今ようやく平常時くらいの感覚に落ち着きつつある。
子どものころ、こんな大人にはなりたいと思ってなかったやろなあ。という気持ちと、なんとなくこういう大人になると思ってたんちゃうかなあ、という気持ちが両方ある。生きたいようには生きられていないけど、生きたいように生きとるな。
寿命を縮めず、人に迷惑かけない程度に生きて死んで行けたらと思うのでした。