この現象をなんと言っていいかわからないけど、VHSの再生が最後に迫るほど怖い。
市販のVHS、たとえばディズニーなんかのアニメ作品とかだったと思う、話がハッピーエンドで終わり、エンディングテーマが流れ(ていたかも気がそぞろで定かではないが)、そのあたりでドキドキしはじめ、エンディングが終わろうとする時にはもう恐怖だった。当時は自分でビデオの止め方もわからなかったので、こたつに潜ったり、耳を塞いだり、とにかくヤツが近づいてくるのが怖かった。
すべての再生が終わった後に暗転し、おそらく著作権関連か何かの警告文が流れるときの、「ポーーーーーーーーーーーーー」という終わりのない、なんとなく音の輪郭も感じられないような、半端にぼんやりとした電子音。
なにが怖いのか、なんで怖いのかもわからないが、子どものころはとにかくあれが怖かった。耳を塞いで叫んでやり過ごしていた。
小さい頃であれば、なんであれ怖いものはいっぱいあって、大体大きくなるにつれてなんとも思わなくなることもたくさんある。
自分でビデオも止められるようになったし、DVDが主流になっておそらくその警告文もなくなったのか、触れる機会は徐々になくなっていった。
なんであんなん怖かったんやろなあハハハ、とか言って、遠い過去になろうとしていたが、たまに昔のものに触れる機会というのは来るものだ。
高校生の時、美術の授業で、アニメ作品のVHSを見た。嫌な予感がした。
本編が終わり、エンディングの間も、先生は再生を止めることなく、アニメについてのなんらかを語っていた。なにを話していたかは覚えていない。止めてほしい。たぶん、そのタイプのVHSはヤツが来る。ヤツがくるタイプのVHSと来ないタイプのVHSがあって、そいつは多分くるタイプだ。直感的に思った。センサーは鈍ってなかった。
エンディングが終わろうとしている。終わるな。終わってしまった。制作会社のアイキャッチみたいなのが、ビデオそのものの終わりを告げる。来るな。先生止めて、止めてくれ、なんかわからんけど泣いちゃう。
なんて脳内の声を直接先生に訴えるわけにもいかず、かといって念力が届くわけもなく、例の「ポーーーーーーーーーーーー…」は来た。来ている間も、先生はずっと話し続けていた。
ポーーーーーーーーーーーーという電子音は幼い時こそ無限に感じられたが、あの当時は一日だって無限大にあるように感じたし、親が大人と話す5分の立ち話は半日以上に感じていた。だから今なら意外とすぐ終わるのかもしれない! と見せかけて、全然普通に終わる気配がなかった。最終的に、ビデオそのものが終わりに行きついたのだろう、再生が止まった。
一緒に授業を受けているクラスメイトたちはある程度リラックスをして先生の話を聞いている中、一人だけ全身バキバキに力が篭っていたと思う。当時おそらく16歳。だめだった。だめだった。なんでだめなんだろう。
以来、ビデオのポーーーーーーーーーーーーの音に触れることはないまま、当時の倍以上の年数を重ねて生きた。さすがにもうポーーーーーーーーーーーーは大丈夫だろうと思ってはいるが、まだ類似の苦手なものがある。
深夜。NHKが一日のすべてのプログラムを終え、放送を終了するときの、青空にはためく日本国旗と、壮大な君が代だ。
政治的・宗教的思想とか、大人の考えとして苦手なのではなく、ただそのさわやかな空の青さに、日の丸が勢いのある風を受けてはためいている光景、そして荘厳に国を称える曲。なぜかわからないが、あのポーーーーーーーーーーーーと同じ感覚で、直感的に、内なるこどもの感覚が恐怖を感じている。
もちろん、君が代が終わった後にカラーバーだかが流れて「ピーーーー」(これもある種「ポーーー」かもしれないがに切り替わるとか、突如砂嵐に切り替わるとか、どっちか忘れてしまったが(直視するのが苦手すぎて)、カラーバーも無の砂嵐も嫌だが、それにつながるから嫌というわけでもないのだ。青空と君が代にも、カラーバーなり砂嵐にも、どちらにも同じくらい恐怖がある。
だいたいそれくらいの時間には眠りにつくので、うっかり目に入れてしまった日には眠りにつくまで頭の中で何度も反芻してしまう。眠れるわけがない。ギンギンに反芻して、なぜこわいのかわからないから頭に馴らすように何度も何度も脳内再生しては、慣れるわけもなくただ覚醒だけを呼び起こす。
(念押しですが、それを流す局への思想批判ではなく、ただ単純になぜか怖いという話)
なので、もう三十いくつのいい大人なんですけど、VHSのポーーーーーーーーーーーーもNHKの一日の終わりも怖いです、というオチのない話でした。
脈絡がなく突如現れる人為的な音が苦手なんだろうか。
自分の趣味でいうとSound Horizonが好きで、でも彼の曲は不自然なタイミングで音が切れて終わることが、一時期多かった。それが当時とても怖かった。そういえば最近の楽曲ではあまりないかも。
反対に、なにもない(空白や効果音だけの)トラックがながく続いているときに、突如セリフが始まるシークレットトラックなどもあって、それも怖かった(サブスクではそれらはカットされている)。
そしてそのシークレットトラックも、またナレーションとともに不自然なタイミング(頭が想像する終わりの旋律の手前で)で切れるのが怖かった。
ポーーーーーーーーーーーーにしてもNHKにしてもSHにしても、同じ感覚を持つ人がどれくらいいるのかはわからないが、まだ理由なき恐怖への戦いは生きている限り続くのかもしれない。その辺は早々にと大人として決別したいところ。