三十いくつとこころの子ども

思ったことや見たもの、わりとそのまま

きりはなす を おぼえた!

年が明けて、休みが明けて、仕事がはじまった。

仕事始めとなる初週は、ボーナスタイムのような3連休を前に金曜日で有給を取っていた。インドの推しが主演の映画公開初日。引退作となる今回の作品を、淋しさと惜しむ気持ちを表層の下に忍ばせながらも楽しみにしていた。名古屋の劇場で見るつもりだったので、遠征でどこに行くかも浮かれて調べながら。

初日前日の朝起きると、公開延期が発表されていた。
急な発表に呆然としつつ、仕事で接するインドの人のギリギリ感を思い出してはまあインドやしな、そういうこともあるよなと偏見を滲ませながら、バスとホテルを取り消した。当日の朝発表でなくてよかった。映画がなくなっても、ただ名古屋に遊びに行くかはじわじわと悩んでいたけど。平日に何の予定もない遠征をすることなんてないし。

現時点でも、いつ上映されるのかは決まっていない。別の推し活と被らないことを祈るのみだ。

 

コロナ禍で、エンタメ作品への急なキャンセルに耐性がついたのか、大人になったのか。
以前はもっと、大ごとに、感情的に、なんてことないものだと言い聞かせながらも折に触れては悲劇的に当時を振り返るみたいなところがあって(このブログ自体がそんなようなものかもしれないが)、それに比べるとまあ穏やかなものだと思う。

 

個人的に大打撃を負ったのは、2020年のEXILE、京セラドーム公演。

コロナ感染者が日本にも発生して、まだ数人程度の時期。
突然政府からライブ・コンサートの実施自粛要請が出された。
その数時間後、本番の3~4時間前で中止連絡。当時仕事中にさぼり見たYahooニュースのTOPでそれを知った。急いでお手洗いに駆け込んで公式の報を見た。

ツアー最終日だった。その日公演の予定されていたEXILEPerfumeが、急な自粛要請の被害者だった。

前日の公演は普通に実施されていて、両日連番の友達とも「明日あそこの席か~」と翌日の座席を確認していた。「じゃあ明日ね~」つって別れた。翌日、なかった。

当日は仕事の後にドームに向かうつもりで、仕事のカバンにフラッグ(ライブで振る)とライトを入れていた。出番がなかった。仕事が終わってカバンを手に持った時、カバンから覗き見えた旗の、赤と金の華々しい布のむなしさと言ったら。

ATSUSHIが書面のみでEXILEを卒業したのはその数か月後だった。
中止になったあの最終日は二度と戻らないし、なにかはわからないが決定的に形が変わってしまった喪失感。

(色々あって、復活と休止を経て彼はグループへ戻ってきた。2020年以前と同じものにはなり得ないと思うけど、長く続くものは変化もし続けるしな…とも今は思う)

 

自粛という名前はついているものの、集客も大きく、また知名度のあるアーティストが抱える責任は大きい。相手は得体も知れず、死者が増え続ける謎の病だ。公演自粛は、社会的に正しかったのかもしれない。

でも、昨日までやってたじゃん、何が違うんだよ、1日くらい猶予くれよと思った記憶もある。社会の建前と個人の感情の区別もつけられず、ぐちゃぐちゃになっていた。

 

さて、それから6年。いや6年か。時の流れ早すぎてえぐいな。20代後半だった私は30代前半を折り返している。

インドの推しは、泣いても笑っても今回が最終作だ。彼が引退した先で、為したいことを為せて、もしまたスクリーンに戻ってくる可能性を願っているけれど、一旦俳優としての彼を見るのは、昨日公開されるはずだった映画が最後だ。

いまもどうなるのかはわからない。きっと日本で公開ができないというようなことになってしまっても、私はおそらく感情的に嘆き悲しまずに飲み下すのだと思う。

以前と違って、推しと自分を分ける境界線ができたと思うから。推しの姿を見られないという危機感のような執着や依存は、ある程度手放せるようになった(最推しにたいしてはこの限りではないが)。

推しのバッドトピックは、自分の感情を必要以上に侵食しなくなった(はずだ)。

たぶんね。まだ一輪車で支えに掴まらず10mくらい走れたくらいの感覚なので、安定走行とは言いづらいけれど。

 

少し前の自分なら「もう好きじゃないのに、ただ格好つけてるんじゃないの」とか言い出しそうだけど、そういうことではないのだ。

日本での改めての上映決定の報が聞けることを、そしてそれがダメでもいつかどこかで見られる機会を祈りながら、ただ予定が空になった4連休を折り返そうとしている。